2023年振り返りとボストン新生活

こんにちは。ついに2023年も終わろうとしているところで、2023年一本目の記事です。
今までの地味な4年間に比べて今年はいろいろとあって、ブログを書くメンタルでもなかったのでついに年末となりました。ま、だれも読んでないと思いますが。
で、近況から言うと、9月にPhDを終えたのち、住み慣れた西海岸のサンディエゴから東海岸のボストンに移り、会社員として生活しております。
年末だし、今年を月ごとに振り返ってみます。

1月2月 なんもしてない

あんまり記憶がない。多分なんもしてなかったんだろう(笑)

3月 5年目にして初の学会参加

昨年、死ぬ思いをして1本目の論文を出したので、テキサス州オースティンでの学会に参加してきました。よく考えてみればカリフォルニア州外に出たのが、PhDでアメリカに来てから初でした。場所はテキサス大学オースティン校で、大学のキャンパス自体もオースティンの街もかなり良かったです。意外と治安もよかったし街もきれいだった。そして、偶然UCLAでPhDをしている友人とも再会したり、日本からきた研究者やノーベル賞受賞者の吉野先生に会ったりとなかなか楽しかったです。学会自体は一つの大きい会場で招待講演のみのスタイルでしたが、そこで手を挙げて質問できたりしたので、さすがに成長できたなと自分で実感。学生はポスター発表しかなく、私自身の発表にはかなり自信があったもののポスター賞もらえず、そこは残念。。。

4月 しゅうかつたのしい

実際には3月あたりから4月にかけてやったかも。もともと、6月くらいには卒業して働き始めるかもと考え、各国の労働許可の申請にかかるタイミングを逆算して、このころから就活を始めました。といっても、日本の新卒採用ほど本格的にやってはいないです。PhDを出て応募する職は専門職で、PhDの年数も経験としてカウントされるので、多分感覚的には転職と同じ感じだと思います。詳細は後日別の記事で書きます。ただ、普段から教授や研究室で厳しい批判にさらされている身からすると、就活の面接での質問はかなり気が楽で、むしろ面接官が「すごいね」なんて肯定してくれるので、普段の研究の息抜きになった気がします。新卒時と違って、特定の会社に行きたいなどの願望もなかったのである程度オファーをもらった時点で就活も終了し、ボストンにあるバッテリーのスタートアップに決める。結論としてはたのしかった。あと、日本人コネクションに感謝。

5月 学会にて初の口頭発表

ボストンの学会に行きました。今回はポスターではなく口頭発表でした。結果的には、私の発表トピックはあまり注目されていない分野のものだったので、オーディエンスが発表者のみというクソつまらない発表でした。オースティンの学会と比べると、参加者が多く、会場も分散されている分、「うすい」学会体験でした。(メシもしょぼかったし。)良かった点は、働く前にボストンの街を見ることができたくらいかな。

6月 Commencement(卒業式)

PhDの最終審査(ディフェンス)は7月末を予定していましたが、卒業式は年に一回しかないので、今年のに出ることにしました。来年という選択肢もありますが、夏に卒業する人は基本的にその年の卒業式にでます。卒業式は学部生院生かなりの人数がいるので、自分の所属に対応したセッションに出る形です。私が参加したのは、すべての学部からのPhDの人が集まる式で、ひとりずつ壇上名前を呼ばれてフードをかけてもらえます。卒業式はゲストからのスピーチもありました。有名なのだと、スタンフォード大学でのスティーブジョブズのスピーチとかですかね。私の時は、世界的に有名な人?ではありませんが、彼のスピーチと自分の5年間を振り返ってなんか感動しました。でてよかったです。

7月 Defense(最終審査)

博士論文を月初に提出して、PhDのディフェンスが月末にありました。個人的にはしんどい思い出しかなく、思い出したくないのであんまり書きませんが、なんとかパスした感じです。

8月 なんか残務してた

PhDのやることは終わったんですが、プロジェクトの実験の引継ぎなんかでなんかめっちゃ実験してました。あと、最後の1年をかけてやった実験が結局うまくいかず、教授に「もうできないので、これをまとめてジャーナルに投稿させてください」と許可をもらい、論文にまとめる作業をしました。正直、うまくいかないと思いながらやってたので、なんか安堵した記憶。最終的に9月に投稿できました。

9月 怒涛の引っ越し

ボストンでの仕事開始を9月最終週からと決めて、その前の2週間を休みにしました。前半1週間はサンディエゴでの引き払い、後半1週間はボストンでの新生活準備でした。サンディエゴで使っていたものはよほどの必要性か愛着がない限り、処分してきました。バイクと車も泣く泣く売りました。サンディエゴでは貧乏学生で、購入したものはほぼすべて中古品だったので、さらにその中古品などほとんど値が付かず、ほぼタダであげました。ボストンには大きい段ボール5個だけ送り、総額$500-600の引っ越し費用で済みました。ボストンに引っ越してからは、また調理器具やら自転車を買いました。あと、労働許可証が勤務開始日の朝に届くという奇跡もおきました。

11月 日本一時帰国

仕事の出張で日本に一時帰国しました。実家に帰る旅費を会社に負担してもらえるのはラッキーでしたが、せっかくの海外出張なら知らない国に行ってみたい気がしないでもないです。ま、とにかく1年ぶりの日本でした。飯がうまい。ただ、アメリカに慣れすぎたせいか、日本はもう当分はいいかな、と感じることも。あと円安と免税は最高。11月後半にはボストンで学会があり、前の研究室の同僚と再会。なつかしい。

12月 PhD最後の仕事

12月くらいからボストンは急に寒くなってきました。9月に投稿した論文のレビュアーからのコメントがあり、クリスマス3週間前に編集要請を受けました。そこで毎日仕事から終わって6時くらいに帰って夕食後に、レビュアーからの質問回答作成と論文の編集作業をする。翌日も仕事があるので、夜更かしはできず、12時くらいには寝る。ただ、そんなペースでは到底終わらないと悟り、貴重な有給休暇を使い、一日家にこもって作業をしてようやく終了。締め切りの1週間前に提出という、エリート社会人のような提出スタイル。そしてクリスマスの日に論文が無事アクセプトされたとの報告を受ける。さらにパブリッシュに向けて12月最終週に校正作業という、キリスト教国にはなじまない作業日程を終えて今に至る。12月は久々に学生に戻ったような感じではあったが、PhD時代の残った業務が(ほぼ)年内に終わったようでよかった。

書いてみたら意外にあった。多分こんな変化がある一年はもうないだろうと思います。いま、ボストンはめちゃくちゃ寒い日もあり、また毎日曇ったり雨だったりで鬱々としてます。正直なことを言うと、サンディエゴは気候、生活環境ともに今までで最高クラスで、恋しくなる気持ちはめちゃくちゃあります。ただ、これは5年住んだバイアスもあるので自分でも信用はできないけど。ただ、今はボストンが、将来的に自分の中でどんな位置づけになるのかわくわくしてもいます。
今日はこんなところです。年末にいいこと書いたな(笑)

来年は時間もあるし、もっと更新しよう。
では。

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